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情報技術思想論2016(吉田) ガイダンス 作品の分析

情報技術思想論2016(吉田) 第一回 ガイダンス 作品の分析

今日から7回、映画やドラマ、ドキュメンタリーなどの関連する作品を題材・手がかりにして情報技術思想を深めていきます。
ガイダンスがわりに、作品を手掛かりにして思想を深めるということについて、私の考えを説明します。

1. はじめに 授業のコンセプト
 情報技術思想論では、情報技術や技術一般、そして情報社会に関わる物語を、映像を中心として取り上げて、これを手がかりに情報技術思想にせまることを目指しています。受講生としては、授業内で紹介する映像作品を楽しみにしていることと思いますが、その楽しみをより深めることが情報社会を検討するための手がかりになることではじめて、この授業は意義を持ちます。作品の鑑賞は授業の全体のなかのほんの一部です。この授業は作品を最初から最後まで楽しむための時間ではありません。作品を分析・検討すること、そこからさらに作品の持つ思想を把握し、検討すること自体が、作品を観ている時間と同じかそれ以上に楽しいことが分かってもらえれば幸いです。もちろん、鑑賞についてもできるだけ楽しい時間としつつ、全体として情報社会・情報技術への関心と疑問、そして検討を喚起したいと思っています。

2. 物語から考える楽しみ
 さて、物語から考えるとはどういうことでしょうか。情報社会を題材とした物語はたくさんあります。これらを鑑賞するとき、われわれの心には、さまざま感情や印象、発想や考え、そして問いが浮かんできます。これをただ漠然としたままにしておくこと、あるいはもやもやっとしたままに、生活や自分の考えに反映させること、あるいはそのまま忘却するに任せることはよくあります。それはそれで、物語の楽しみ方の一つだと思います。
 野暮な分析などすると、作品を芯から味わうのに、何となくじゃまな感じもします。ただ、あえて、作品から自分の中に湧いた印象や感情、疑問、アイデアを意識化し、そして他の人の感想や疑問と交換することが知的な刺激になることもあります。観劇のあと、近くのカフェにでも入って、友達と意見交換をするのは、知的な喜びです。それがまた、自分たちの町や社会についての知識となり、関心となり、町や社会を作っていく動機になって、町や社会を自分たちにとって親しみやすい、愛着の湧くものとしていくことになるはずです。観劇が終わったら、さっさとばらばらに人が個人的な意識にもどってしまって、さっさと解散してしまうのは寂しいしもったいない気がします。もちろん、一人で観て、一人で孤独に味わうのもまた喜びです。しかし、観劇によって共有された何かを確かめたり、あるいは自分とは違った観点を知ることも、それに劣らない楽しみなはずです。

3. 作品を語る言葉
 知的に意見交換するとき、漠然としたままいきなり的確な言葉にすることは難しいことですし、そのレベルで相手の意見を的確に理解して、意見交換することは困難だと思います。そこでまず、とにかく分かる形として自分の感じたことを表現する必要があります。物語からどのように考えることで、意見として交換できる形にできるか、考えてみましょう。


4. 「思考実験」として語る
 私自身は思想研究という分野で学んできたので、主としてその立場からのアプローチをいくつか紹介しておきたいと思います。一番オーソドックスなのは、物語をひとつの思考実験とみる見方です。説得力のある作品は、物語の展開が、多くのひとにとって一定の納得のいく展開である可能性が高いと考えてよいでしょう。それは、科学的に実証された実験ではありませんが、生活に密着した多くの人の理性や感性にとって、「自然」と感じられている、「思考内の実験」であると言えるでしょう。作品に描かれるような展開はとても社会において科学的に実験のできるものではないことがあります。例えば、戦争をテーマとした作品はよくありますが、実験のために戦争してみることなどできませんね。社会はたった一つであって、簡単に実験したりやり直したりできないものなのです。そこが、実験や実証の比較的容易な自然科学や工学とは異なる点です。物語は、第一にこうした領域における思考実験として、一定の有効性をもつと考えられます。作品は一定の舞台設定や世界観を持っており、そのような世界観において、社会はどのようになるのかという思考実験とみなすことができるのです。授業では、未来ないし近い将来の情報社会を舞台として、このような設定すなわち社会であればどのようなことが帰結するのかについての思考実験となるような作品を紹介したいと思います。

5. 作者の「思い」「意図」を受け止める
 次に、作品を作者(原作者、監督、演出家、などの制作者)のメッセージないし主張を伝える媒体として見なして、それを一つの(情報)社会思想、あるいは(情報)技術思想として受け止め、検討するというアプローチもあります。思考実験とその帰結自体が一つのメッセージとなっていることもあるでしょう。思考実験的でなくとも、人びとの常識的な感情に訴えようとする作品もあります。それが、社会や技術のある側面についての、肯定的な評価あるいは否定的な評価であると言いうるとき、それを作者のメッセージとして受け取ることができるでしょう。
 これは、ときに非常に納得のいくメッセージであって、自分の考えを的確に表現してくれていると感じることもあるでしょうし、逆にいままで考えたことのなかったメッセージをもらえることもあるでしょう。また、どういうメッセージとして作品を受け止めたか、そしてそのメッセージに自分としてはどう同意できるのか、あるいは違和感があるか、などを同じ作品をみた人と意見交換することは興味深いことです。
 こうした検討を通じて、自分の気づかなかったメッセージや思想の可能性に気づいたり、そのメッセージの提示の仕方から、メッセージや思想の根拠を読み取っていくことができるでしょう。あるいは、根拠に矛盾や飛躍を見出したり、偏見や誤りに気づいたり、必要に応じて根拠を補ったりしつつ、思想やメッセージを批判的に評価していくことができるでしょう。
 
6. メッセージを創造的に想像する
 作者のメッセージは作品(テクスト)の向こう側に想定されるわけですが、しかし、作品というものは必ずしも作者の意図した通りに受け取られるものではありませんし、作者の意図通りに受け止められなければならないということはない、という考えがあります。むしろ、作品は作者から離れた自立した存在者であって、その観客、読み手、受容者こそが作品の可能性を開く存在なのだという考え方があるのです。
 優れた作品は、作者の時代や社会の制約、そうした制約の中にある作者自身の意図や意識さえこえて、もっと普遍的に少なくとも多様な時代や社会で価値を放つ可能性があります。そう考えると、作品とはその時代その社会のそれぞれの受容者の関心や思想を喚起するためにある、社会的装置なのだと言えるでしょう。こう捉えるなら、作品からどのように考えるかは、その時代の人びとの自由ということになります。むしろ、そうした時代や社会ごとの再解釈こそが古い作品に新しい命を吹き込み続けているのではないでしょうか。 
 授業で鑑賞する作品についても、その意味では皆さんが新しい意味を見いだしてよいし、それこそがひょっとすると作者からも期待されていることかもしれません。

7. あまりに安易な解釈では発展性がない
 ただし、作品を深く味わったり分析したりあるいは人と意見交換して検討したり、そういった努力なしに、自分の安易な解釈をあてはめることにはあまり意味がないと思います。
 なぜなら、こういうとき何が起こっているかというと、結局解釈する人が自分のなかに予めあった考えや先入観、理解の枠組みの中に作品を押し込めて、それで説明可能なものとして受け止めているだけだからです。これでは解釈者は、自分の認識をよりいっそう頑迷にしてしまうだけであり、新しい何かを作品から受け取ることには失敗してしまっているだろうかです。作品の側からしたら、せっかく知的に刺激してくれる面白い要素が沢山あったかもしれないのに、そうした要素をひたすら無視して、ただ自分が受け取りやすい要素だけを、ばらばらに受け取っているだけということになるでしょう。
 誰かからアドヴァイスをもらっても、自分を変えることがなく、さっぱり学ばない人がいます。そういう人は、アドヴァイスから自分にとって都合のよいところだけを受け取ってしまって、自分にとって苦い部分は受け取っていないのです。口に苦い、いや耳に痛いアドヴァイスこそが有効なのと同じことです。作品についても同じことが言えるでしょう。ただし、作品の場合は、自分が受け止めにくい要素が必ずしも受け止めることがつらいだけでなく、知的な楽しみになる可能性が大きいのですが。
 そういうわけで、私としては、解釈者は作品から自由に考えてよいけれども、できるだけ作品を自分なりによく吟味し、貴重な作品経験を共有した他の人の意見(例えば私の解釈や仲間の解釈)を聞き、そして作者を想定してその作者と向かい合って何を語りたいのか耳を傾ける姿勢で作品を受容することが、一番実り多いだろうと思います。

8. 楽しむことと問題内在性
 最後に、作品を楽しめるかどうかは、重要です。物語とは、すなわち、内部通り抜けることのできるテクストであって、問題や思想、主張などを、その内部から感じ、考えさせてくれる装置であると言えるでしょう。ただし、そのためには、作品を心から楽しむことが必要です。
 その意味で、できるだけ楽しんでもらえる作品、そして私自身がみなさんと一緒に楽しめる作品を紹介して行きたいと思います。そして、できるだけ余計な解説なしに、関心を持ってもらえるようなヒントだけ示して作品の主として世界観を提示する部分、思考実験の枠組みを提示する部分などをお見せして、そしてその結末は皆さんに考えてもらいたいと思っています。このあと物語をどう展開しようかと考える作者と同じ地点で一度考え、作者の選んだ残りのストーリー展開、そしてそれはメッセージや実験の結果になると思いますが、それについてもし興味があれば自分で作品を最後まで観てもらいたいと思います。

授業で紹介した作品は、もし全部を観たければ、レンタルビデオ屋等で自分で借りて最後まで観てもらえればと思います。それは、自分と作者との楽しい意見交換になるはずです。