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Yahoo!ブログ閉鎖によりYahoo!から移行しました。吉田の講義、考察などを書いていきます。

中国への思いと和辻の『風土』

私は、中国に昔から惹かれてきた。
どうしてだか自分でもわからない。

最初に自覚したのは、小学校の頃、パールバック女史の『大地』などの作品に感動したころだろうか。
その後、『流れる星は・・』や『大地の子』、『ワイルドスワン』、『その人の・・』他、中国を題材にした、特に、日中戦争文化大革命を舞台にした作品に心動かされてきた。
歴史物や儒仏関係の古典、唐詩などの文学にも、やはり、こころ惹かれてきた。
それは、激しく強いものではないが、長く持続し、懐かしい、憧れのような、深い尊敬のような、そんな気持ちだ。
不思議な感情。

中国を1度、台湾を2度、学生の時に2、3週間で旅している。
北京の春霞や蘇州・杭州の春雨、長城を越えてくる草原の風や長江沿岸の村々の春の匂いが忘れられない。
上海の岸辺を離れるとき、いつかまた中国に渡りたいと思った。
台湾の人々のやさしさやエネルギーを、いまでも親しいものと感じている。
日本がきらいなわけではない。基本的には自分には日本の風土がフィットしていると思う。
この国の海山の、やさしい湿度や明るい太陽の光、四季の変化の美しさ。
その風土とマッチした人々の昔ながらの暮らしと新しい工夫。
だが、ときどき、とりすまして小心で卑屈、時に皮相な取り繕いやモノマネに走りがちな、自分自身も属するこの文化に辟易することはある。

中国は日本の隣の大国で、日本とは古来、とても複雑な関係にある。
最近は、中国の経済発展が著しく、経済規模においては、日本は近いうちに抜かれてしまうだろう。
歴史的に見れば、それは本来の関係に戻るだけのことだが、経済関係のほか、軍事や環境問題も含めて、政治的に難しい問題が続くだろう。
中国は文句なしに大国だが、日本が問題にならないくらい小国なのではなく、アジアにおいて、それなりの規模を持った国だからだ。
日本側には、いよいよ抜かれるということを受け入れにくい心理が働くだろうし、中国側にも、友好的ではない感情が生じるかもしれない。
また、そうなったとき、韓国や台湾、ベトナムやタイなどの東アジアの国々と、どんな関係を取り結べるだろうか。
日本は、歴史的にこれらの国々とともに、中国を中核として長い歴史を歩んできたし、その歴史はこれからも続いていくだろう。

私は、ずっと西洋の思想を研究してきたし、西洋起源の概念で自分と自分のいる社会について考えてきた。
明治以降の日本では、オフィシャルには一貫して西洋化を推し進めてきた。
いまや基本的に、西洋発の道具立てでしか、政治も経済も、文化さえ、学問的に、あるいは体系的に、語ることは難しい状況だ。
このいみでは西洋は、もはや、私にとってだけでなく、たぶん一般的にも、日本文化の一部だ。
だが、私の生活感覚には、万葉集にもさかのぼる風土に根ざした感覚や、中国やインドから発した東洋的な思想や美意識の流れが、強く存在してる。

和辻哲郎は『風土』という本で、風土が文化に与える影響を指摘した。
中国の風土は、日本とは異質な大陸的なものだが、その風土を、私は自分が引き継いだ文化コードから逆に予想し、懐かしいものと感じたのではないか。
和辻の思考は、文化本質主義と結びついたナショナリズムや植民地支配を導くものとして批判される面も確かにあるが、その観察眼や文学性、西洋を相対化しようとする思想的姿勢は、高く評価されるべきだろう。



高校の時に和辻の『風土』を読んだのが導きとなって、大学で哲学の道を志すことになった。
このたび、京都で哲学の指導を受けた伊藤邦武先生が、『パースの宇宙論』で「和辻哲郎文化賞」を受賞された。おめでとうございます。
この賞は、同じく京都で指導いただいた小林先生も以前受賞されている。
私にとって先生は、西洋近代の合理的思考の本質と限界を、京都という日本的な風土の中で生活しつつ、自らの強靭な思考力で追求しつづけているという意味で、和辻と共に、明治以降の日本にとっての根本的な知的課題を引き継いでいるように見える。

西洋近代の合理的思考の日本からの評価。
この問題自体は、あまりにも深く、また大きく、私にはその全貌はとうてい見えてくることはないのかもしれない。
だがそれでも、この国この社会で、「倫理」や「技術」、「ガバナンス」を考えるなら、これは避けては通れない問題なのだ。
そして、私のなかに、中国の文化と風土を慕い、西洋を相対化する感情が強く存在していることも確かなのだ。

この問題の本質に、哲学的論議によってずばりと迫ることができるのかどうか、私には分からない。
私はただ、自分にとって意味ある個々の事例に向き合い、そして私の内なる直観を信じ、洋の東西を問わず先人の思考を導きの糸として、自分の考えを私なりにすこしでも進めたいと思う。