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Yahoo!ブログ閉鎖によりYahoo!から移行しました。吉田の講義、考察などを書いていきます。

【モラルデザイン論】市民論

まず、共同担当教員による先行する議論を私なりに整理し直して、その上で私の観点を提示しよう。授業資料としては2007年度の「ガバナンスをめぐる公私」を参照されたい。また、このブログに書いた今年度の【ガバナンス論】「公共性論」(2009/4/28)、「合意論」(2009/5/12)、「参加論」(2009/5/19)を踏まえて話を進めるので、ISプログラムの学生は必ず一読願いたい。IDプログラムの学生も昨年度のガバナンス論の議論を忘れてしまった人は、これで念頭にロードしておいてもらいたい。

さて、ここまで授業は、アーレントベースの市民論→ロックの所有権ベースの近代的市民論→カントの啓蒙思想ベースの大衆社会論と進んだと私は理解している。これを、ざっと捉え直すところから始めよう。

まず、アーレント的に理念化された古代ギリシャ世界では、自由市民による共同体としてポリスやキビタスがイメージされる。こうした古代都市国家では、都市の問題=国家の問題=市民の共同の=公共的問題として捉えられる。こうした問題を、自由市民による言論をベースとした民主的な合意形成によって舵取りしようとした試みが、古代の直接民主政であるというのが、アーレントの観点だった。自由市民とは、奴隷や野蛮人、女性や子供などではないという意味であり、理性的思考を持ち、それを表現し、討論に参加し、判断が下せるという、ギリシャ的教養を持っていることだ。ギリシャ的教養のエートス(文化・芸術と教育・政治)を感じるには、プラトンの対話編『ソクラテスの弁明』『国家』(岩波文庫)などがたいへん面白く取っつきやすいのでお薦めする。ただし、市民=自分たちの都市文化を持つ者に限るという設定はこの時代の限界であるり、彼らが「野蛮人」によって蹂躙された運命は皮肉である。また、民主主義腐敗という内在的問題は、すでに強く意識されていた。

ついでヨーロッパに目を移そう。古代の都市文化の伝統は、ヨーロッパの大部分が封建的な主従関係(領主-家臣-領民、神-教会-信者)の支配下に没する中、各地に散在する自治都市の政体に細々と存続していた。13世紀ごろからのルネサンスを契機に、そこに古典的教養が流入することで、近代的な市民社会が始まったとされる。さらに市民の力と理念が拡大した結果市民革命が実現し、ヨーロッパ近代市民社会が成立した。ヨーロッパ近代(基本形)とは、代議制を取り入れた古代の都市原理の復活と言ってよいだろう。つまり、自由市民選んだ代表が議論を尽くして、その社会の方向を決める。この理念が、一自治都市に限定されず、自治都市連合、さらには封建勢力の支配していた首都や農村部まで広がって政体を作ったのが、フランスやアメリカなどの近代国家であると言える。

ここで、自由市民とは、教養があって自分で正しい判断ができる人という意味である。近代では、そうした人だけが参政権を持つ。産業革命を伴う近代は、「市民」とは情報とお金(モノ)のシステマチックな供給によっていわば自動的に生成するものと考えた。情報は、大学、新聞や出版、議会といったシステムで生産→流通→合成→再生産される。他方、モノは市場システムが生産→流通→供給する。教育機関で情報を扱う市民を育て、各種福祉・安全システム(いわゆるセーフティーネット)で市場環境と市場に参加する市民をサポートする。そして、こうした西欧の市民社会は、女子供や非西欧社会などの、野蛮人を啓蒙して「市民化」する。近代的市民世界を古代的古典世界から特徴付けるのは、こうした世界市民主義と機械主義的人間観であろう。

こうした近代社会は、世界を制覇すると同時に腐敗が進行し、やがて破滅(大戦)を招いた。そして、破滅後の世界を生きるわれわれは、破滅の原因や理由を解明し切れていないまま、「第3の波」を迎えて情報社会に突入している。理由はともかく、近代市民社会が、大衆化とナショナリズム、官僚支配、植民地と戦争、党派政といった欲望の暴走と機械的原理の支配を制御し切れず悲劇を生み出し続けていることは「ガバナンスをめぐる公私」で論じた通りである。

市民とは自を認め、他を認め、自ら他と協力して、共同の問題を自ら引き受け、問題への取り組みに参加できる存在でなければならない。「世界系」の物語は、自分と世界を短絡的に結びつけることで、こうした社会的プロセスの一切をスキップするという物語構造を持っていることが特徴であろう。ただ逆説的だが、だからこそ、例えばエヴァでは「他を認め」ということ自体が「自を認め」とセットで主要なテーマとなっていると観ることができるのかもしれない。

次回は、こうした「市民」が情報社会で置かれている文脈のひとつとして、管理(と監視)の問題を取り上げよう。